還暦を迎えたので、これからの過ごし方を考えてみた。

還暦後の過ごし方事務職

わたしは昨年、無事に還暦を迎えることができました。

以前の還暦のイメージは、60歳定年が主流だったこともあり「今までお疲れ様でした」という感じでした。

でも、勝手なもので自分がその年齢になった今は、まだまだ現役だと思っています。

定年は65歳

今のわたしの職場は定年が65歳です。

ありがたいことに、あと5年は、今の条件のまま仕事をさせてもらえます。

とは言え60歳が定年の企業もまだまだ多いですよね。

わたしも60歳になりちょうど区切りもよいので、定年後の過ごし方についてよく考えてみることにしました。

そして、そのために必要な準備を、これからの5年間にしていきたいと思っています。

現実的な問題としては、一番気になることはやはり金銭面なのですよね。

少ない年金で生活できるか不安があるので、とりあえず現状把握はしておきたいですね。

そこで、自分の家の資金管理用に、資金繰り表のようなものを作って管理することにしました。

資金管理

家計簿ほど細かくなく、1ヶ月単位での管理なので大雑把なわたしに向いています。

年間の支出が把握できると、きっと将来の計画も立てやすくなるはずですよね。

定年後はスケジュール管理

わたしは多趣味なので、定年後に暇を持て余してしまうことはまずないと思っています。

それなので定年後の生活が、楽しみで仕方ありません。

ただ、あれもこれもと欲張ると、無駄なお金もかかってしまいますし、効率も悪いですよね。

数年前のことですが、亡くなった父の遺品整理をしていたら、1週間のスケジュールが書かれたメモが出てきました。

母が亡くなってから9年近く父は一人暮らしをしていましたが、父もわたし同様多趣味だったので、一人でも毎日忙しくしていたようです。

曜日ごとに、月曜日は絵画、火曜日は畑仕事、水曜日は英語などと書かれていました。

わたしもそれを見習って、曜日ごとに何をするか決めて生活する予定にしています。

ただ、わたしは父と違って三日坊主な部分があるので、スケジュール通りにできるかはわかりませんが。

多趣味

還暦を過ぎて仕事や生活でのミスが

最近特に「以前はこんなミスはしなかったのに」とか「すぐに人や物の名前が思い出せない」といったようなことが多くなりました。

とは言っても、「もう年だから仕方ないよね」と、年齢を言い訳にすることだけはしないようにしたいとは思っています。

特に仕事ではミスは許されませんから。

1度チェックしてもミスするのなら2度チェックしたり、チェックの仕方そのものを変えてみたりしています。

自分の能力が衰えたのなら、それに合わせた仕事のやり方を見つけていくようにしたいと思うのです。

家庭の中でも、よく物にぶつかったり階段から落ちそうになったりしますが、それも物の位置をかえたり手すりをつけたりすることで回避できるはずですよね。

60歳からの健康管理や体力の維持

健康でいなければ、仕事も趣味もできませんよね。

60歳を過ぎたので、特に健康には気を付けなければと思っています。

先日も家族に「これからは元気でいることが仕事よね」と宣言した翌日にギックリ腰になってしまいました。

これまでは何となくストレッチをしたり、身体によさそうな食事メニューにしたりしていましたが、自己流では問題がありそうです。

ちゃんと正しい知識を身につけて、体力の維持や健康の管理をする必要がありますよね。

還暦後の年齢に合わせた生活

わたしの趣味の一つにガーデニングがあるのですが、これが中々体力を使います。

庭木が伸びれば選定し、雑草が生えれば草むしりをし、土やレンガを運ぶには力が必要です。

今は何とかやっていますが、年々体力の衰えを感じますので、これからはなるべく楽に管理できるようにしていきたいと思っています。

草むしりの負担が少しでも減るように、昨年も庭の一部に人工芝を敷きました。

庭の草むしりが大変なので人工芝を敷く。
6年前に庭の雑草を防止するために、人工芝を敷きました。耐久性に問題なく今も快適な状態です。ただ、そのときに敷けなかった部分があったのです。草むしりが大変なので、再度人工芝を購入することにしました。6年前に敷...

庭木も高くなり過ぎると選定が大変なので高木は避けて、手入れが簡単な球根や多年草が中心の庭にしています。

最近は、花壇内の雑草対策用に、グラウンドカバーを少しずつ植えるようにしています。

趣味を楽しむのにも、年齢に合わせた方法や環境づくりが必要なのですよね。

おわりに

これからは特に、自分の能力や体力を過信せず、衰えを受け入れてそれに合わせた生活を心がけていく必要がありそうです。

終活も含め、なるべく家族に迷惑をかけないようにすることが、還暦を過ぎた自分の仕事なのだと思うのです。